ココロが緩むことからはじめよう

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「自分がないよね」と言われた、あの日から。

2026.04.13

今なら、あの言葉の意味が少しわかる。

「自分がないよね。」

18歳の頃、友人に言われたその一言は、今でも忘れられない。
だって、あの頃の私にも、”ちゃんと自分はあった” から。

でも、大人になった今なら、
友人がそう感じた理由が少しだけ分かる気がする。

「みんなと一緒」が心地よかった。

学生時代の私は、「みんなと一緒」で良かった。
個性がないと言われたら、そうだったかもしれない。

クラスで流行っているアイドル。
「剛派?光一派?」
そう聞かれても、本当はどっちでもよかった。

話題になっているテレビ番組も、特別見たかったわけじゃない。
それでも、みんなが見ているなら私も見る。
話についていけるように。

その時間が嫌だったわけじゃない。
「私が少し合わせれば、それでいい。」
そう思っていた。

だから、「自分がないよね」と言われたときは、本当に意味が分からなかった。
「私はあるけど。ただ、合わせてるだけだし。」
それが、そのときの正直な気持ちだった。

ハワイで見た、今まで知らなかった世界。

その言葉を思い出したのは、ハワイへ留学していた頃だった。

授業で、アメリカ人のクラスメイトとグループワークをする機会があった。
プレゼンのテーマを決めるだけなのに、チャットは大混乱。

「私はこっちの方向で進めたい。」
「いや、それよりこっち。」
「私はその案はやりたくない。」

次から次へと意見が飛び交う。
もはや私には、喧嘩しているようにしか見えなかった。

私は画面を見ながら、
「え、大丈夫? こんなんじゃ絶対まとまらないじゃん。」
そう思っていた。

しまいには、「あなたはどっちの味方なの?」と聞かれて、
「お願いだから巻き込まないで……。」
そんな気持ちだったのを今でも覚えている。

日本で育った私には、とても衝撃的な光景だった。
「こんな世界があるんだ。みんな、自分を出しすぎ。」
それが、一番素直な感想だった。

でも、それと同時に、少しだけ羨ましいとも思った。
自分の考えを、あんなにはっきり伝えられること。
相手と違う意見を言うことを、怖がっていないこと。

「かっこいいな。」
気づけば、そんなふうにも思っていた。

「終わった…」と思ったのに。

私は、このグループはまとまらないと思っていた。

でも、不思議だった。
気づけば、一つの方向にまとまっていた。
そして出来上がったものは、
一人では思いつかないような、とても面白いものだった。

今でも思う。
「あれは、何でうまくいったんだろう。」
あのとき何が起きていたのか、今でもうまく説明できない。

でも、一つだけ確かなことがある。
相手と違う自分の考えを伝えることと、人間関係が壊れることは、必ずしも同じではない。
そんな世界があることを、私はハワイで初めて知った。

今なら、少しだけ分かる。

あの頃の私は、自分がなかったわけじゃない。
ただ、自分の考えや気持ちを外に出していなかった。

「私が合わせれば丸く収まる。」
そんな場面が、きっとたくさんあった。

だから周りから見ると、
「何を考えている人なのか分からない。」
そんなふうに映っていたのかもしれない。

今なら、友人の言葉をそんなふうに受け止めている。

あの頃の私へ。

そんなにしっかりとした軸はなかったかもしれない。
でも、あの頃の私にも、確かに自分はあった。

だから、「自分がないよね」と言われたときは悔しかった。
ただ、あえて伝えていなかっただけなのに。

全部を伝える必要はない。
全部を分かってもらおうとしなくてもいい。

でも、自分の気持ちを少しずつ言葉にしていくことで、周りの人は少しずつ「あなた」という人を知っていく。
そして、自分も、誰かに合わせて居場所をつくるのではなく、自分らしくその場所にいられるようになる。

自分を大切にしながら、相手も大切にする。
そんな関わり方は、一日で身につくものではないのかもしれない。

あの日、「自分がないよね」と言われた私も、少しずつ自分を伝えられるようになった。
今ある自分を、少しずつ誰かに伝えていく。
その積み重ねが、「自分らしく生きる」ということにつながっていくのだと思う。

ライフデザイン

RIRI

キャリアコンサルタント(国家資格)|ハワイ在住歴2年

人生を振り返ると、その頃には気づかなかった意味が見えてくることがあります。
私自身の物語を通して、「私らしく生きる」を考えながら、ライフステージとともに変化する自分らしさを見つめ直す。そんな時間が、あなた自身のライフデザインを描くきっかけになれば嬉しいです。